全ロシア将校協会が「プーチン辞任」を要求…! キエフ制圧でも戦略的敗北は避けられない
全ロシア将校協会が「プーチン辞任」を要求…! キエフ制圧でも戦略的敗北は避けられない
https://news.yahoo.co.jp/articles/1c2aed745c6a6ff05ac648bd75facca32c8a5577
2/16(水) 6:03配信 現代ビジネス
さて、日本ではまったく報道されていないが、ロシアで1月31日、驚愕の出来事が起こった。「全ロシア将校協会」のHPに「ウクライナ侵攻をやめること」と「プーチン辞任」を要求する「公開書簡」が掲載されたのだ。
原文は、以下のページから見ることができる。
Обращение Общероссийского офицерского собрания к президенту и гражданам Российской Федерации
この公開書簡は、レオニド・イヴァショフ退役上級大将が書いたものだが、彼は、「個人的見解ではなく、全ロシア将校協会の総意だ」としている。
ちなみにイヴァショフ氏は、もともとかなり保守的で、これまでプーチン政権を支持してきた。国営のテレビ番組にもしばしば登場し、著名で影響力のある人物だ。
問題の書簡には、何が書かれているのか? イヴァショフは、プーチンが強調している「外からの脅威」を否定しない。しかし、それは、ロシアの生存を脅かすほどではないとしている。
〈 全体として、戦略的安定性は維持されており、核兵器は安全に管理されており、NATO軍は増強しておらず、脅迫的な活動をしていない 〉
では、プーチンが「ウクライナをNATOに加盟させない法的保証をしろ」と要求している件について、イヴァショフはどう考えているのか? 彼は、「ソ連崩壊の結果ウクライナは独立国になり、国連加盟国になった。そして、国連憲章51条によって、個別的自衛権、集団的自衛権を有する。つまり、ウクライナにはNATOに加盟する権利があるのだ」と、至極真っ当な主張をしている。
ロシアは、ウクライナを自分の勢力圏にとどめておきたい。どうすれば、そうすることができたのか? イヴァショフによると、「ロシアの国家モデルと権力システムが魅力的なものである必要があった。しかし、ロシアは魅力的なシステムを作ることができなかったので、ウクライナは、欧米に行ってしまった」のだ。
この言葉は重い。
プーチンは、米国が約束を破り、東欧、バルト三国をNATOに加盟させたことに憤っている。しかし、米国は、東欧バルト三国を、無理やり加盟させたわけではない。これらの国々が、NATO加盟を望んだのだ。
なぜか? もちろん、「ロシアが怖いから」だ。イヴァショフの言うように、ロシアが魅力的で、恐ろしくない国であれば、これらの国々がNATOに走ることはなかっただろう。
プーチン政権の政策は、事実上すべての隣国とその他の国々を遠ざける結果になったとイヴァショフは嘆く。
そして、「世界のほとんどの国がクリミアを今もウクライナ領と認識している。このことは、ロシア外交と内政の失敗をはっきりと示している」と、強調している。
ウクライナ侵攻は、ロシアにとっても破滅的
イヴァショフは、ロシアのウクライナ侵攻に反対している。その理由は、
第1に、国家としてのロシアの存在を危ういものにする。 第2に、ロシア人とウクライナ人を永遠の敵にしてしまう。 第3に、ロシアとウクライナの若くて健康な男性が、数万人亡くなる。
興味深いことに、イヴァショフは、NATOが結局、ウクライナ側に立ち、ロシアに宣戦布告。ロシア軍はNATO軍と戦うことになると予測している。
そして、ウクライナ侵攻の結果は……。
〈 ロシアは間違いなく平和と国際安全保障を脅かす国のカテゴリーに分類され、最も厳しい制裁の対象となり、国際社会で孤立し、おそらく独立国家の地位を奪われるだろう 〉
要するに、イヴァショフと全ロシア将校協会は、「長期的に見ればロシアは必ず負けるから」戦争に反対しているのだ。
話はここで終わらない。公開書簡は、「ウクライナ侵攻をやめること」だけでなく、「プーチン辞任」も要求しているのだ。
なぜか? 彼は、プーチンと側近が、ウクライナ侵攻はロシアに悲惨な結果をもたらすことを理解しているとみている。
では、なぜ侵攻したいのか? イヴァショフによると、「ロシアは現在、深刻なシステム危機に陥っている。しかも、ロシアの指導者たちは、国をシステム危機から救うことができないことを理解している。システム危機が続くことで、いずれ民衆が蜂起し、政権交代が起こる可能性が出てくる」。
だが、ウクライナに侵攻すれば、どうだろうか? イヴァショフは次のように言う。
「戦争は、しばらくの期間、反国家的権力と、国民から盗んだ富を守るための手段だ」
彼と将校協会から見ると、「ウクライナ侵攻」は、プーチンが「自分の権力と富を守るためだけの戦争」なので、辞任を要求したのだ。
将校の反逆は、侵攻を止められるか?
ちなみに、この公開書簡について大手メディアが報道していないのは、日本だけではない。実をいうとロシアの国営メディアもまったく報じていない。プーチン政権にとってあまりにも「不都合な情報」だからだろう。
この書簡からわかることは何だろうか? 一つは、ロシア軍のかなりの数の将校がウクライナとの戦争を望んでいないこと。もう一つは、将校たちがプーチンへの忠誠心を失っている、ということだ。
これまでロシアで「反プーチン勢力」といえば、反汚職基金の創設者でカリスマ政治ユーチューバー(チャンネル登録者数644万人)のナワリヌイが筆頭だった。
ナワリヌイのグループは、米国や英国の諜報機関とつながっているとロシアでは報じられている。そして、ナワリヌイは、汚職反対、民主主義、言論の自由重視で、いわゆる西側の価値観をもつ「リベラル派」だ。
一方、イヴァショフと全ロシア将校協会は、完全な保守派で、今までプーチンを支持してきた。そんな「強固な支持層」だったはずの将校軍団から辞任要求を突きつけられたプーチンの衝撃は大きいはずだ。
ただ、この公開書簡を受けて、プーチンが素直に辞任するとは思えない。しかし、「将校たちはウクライナ侵攻を支持していないのだな。軍の忠誠心を失えば、自分の権力も危うい」と考えるかもしれない。
あるいは、「自分に反逆した将校は許せない」と考え、全員の逮捕を命じるかもしれない。そうなると、軍の動揺は大きいだろう。
それでもウクライナに侵攻すれば
「クリミア併合」の例を見てもわかるように、プーチンは常に「戦略的決断」を下すわけではない。
彼は、ほぼ無傷で、クリミアを奪った。これは、ロシアから見ると、戦術的大勝利だった。しかし、その後の欧米日の制裁で、ロシア経済はまったく成長しなくなった。
ロシアは、プーチンの1期目2期目(2000年~08年)、年平均7%の高成長をつづけていた。しかし、クリミアを併合し、経済制裁を科された2014年から2020年の成長率は、年平均0.38%にとどまっている。
人口1億4600万人のロシアのGDPは、人口5200万人の韓国よりも少ない。つまり、プーチンは戦術的には勝利をおさめたが、戦略的には負けているのだ。
この例からわかるように、今回もプーチンが「戦略的」「理性的」判断を下すとは限らない。そこで、ウクライナ侵攻の可能性が出てくる。
結果は、どうなるのだろうか? ロシアは、ドネツク、ルガンスクを完全支配できるようになるだろう。おそらく両州の独立を認めるという形になるはずだが、実際は、「完全属国化」だ。
だが、欧米(そして日本も)、ロシアに強力な経済制裁を科す。欧米では、「ロシアのドル取引を禁止する」「SWIFTから除外する」などが検討されている。
具体的にどのような内容になるかは不明だが、いずれにしても、ロシア経済が今以上にボロボロになることだけは間違いないだろう。
だが、一番悲惨なのは、NATOとロシアに挟まれて翻弄されるウクライナだ。
米国情報機関の分析によると、ウクライナ侵攻で首都キエフは2日で陥落。5万人の市民が死傷し、最大500万人の難民が発生するとみられている。
悲劇以外の何物でもないロシアのウクライナ侵攻。プーチンが、将校たちの警告を聞き入れ、思いとどまることを心から願っている。 北野 幸伯(国際関係アナリスト)