#不安より事実を

日本は「言霊」と「革命」に支配されている。それを超える情けある言論を。 言霊に縛られた考え方と革命的な思想を使わず、情けのある言葉を発して行きます。 言霊:言った言葉は現実となる。  革命的な思想:現在の社会は間違ったものであり正しい考え方の人間で社会運営してゆくべきという思想。社会も永遠に近い時を経ている訳で全とっかえしたら大変な事です。 中国等に現出したこの世の地獄のような国家は酷いものです。

大東亜(大アジア)に独立をもたらした日本は大東亜戦争を戦ったのです。東南アジア諸国の欧米による長期の植民地支配、そして、独立の契機と経緯をご覧ください。

東南アジア諸国の欧米による長期の植民地支配、そして、独立の契機と経緯をご覧ください。終戦の日。→

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けして日本は「太平洋戦争」を戦っていなかった。「太平洋戦争」は占領軍、アメリカの付けた名前です。石油の禁輸など日本への圧力をはね返し、大きなアジアの独立を拓く、その戦いを先人は「大東亜戦争」と名付けました。

この年表を見れば、日本がアジアの植民地支配をしていた欧米と戦い、欧米は戦争に勝ったがおいしい植民地を失い、アジアが次々と独立していった長い歴史の経緯が理解できます。

日本は戦争には負けましたが、戦争の目的を達成したのだと言えるでしょう。その事実に向き合えない欧米や特ア諸国は引き続き、大東亜戦争における日本の役割を否定し続けますが、歴史がその意義を説明し、東南アジア諸国やインド、トルコ、などで日本は尊敬されているのです。

その東南アジアからインドそして中東から欧州に至る「自由と繁栄の弧」を安倍総理、麻生副総理は創ろうとしているのです。

これに対する特アの不安から来る対立を煽る言動に付き合ってはいけません。

経済の繁栄と自由な民主主義を重んじる国々との交流は日本を含む各国を豊かにし安定させ、世界の平和に貢献するでしょう。

終戦の日、大東亜、更には世界の平和と繁栄を創る日本になると再び誓おうではありませんか。

 

 

靖国神社公式参拝をした国

S21年 1月 満州国 王充郷駐日大使

S21年 3月 アメリカ ロバート・G・ガード(GHQ関係者)

S31年 4月 中華民国 張道藩立法院院長

S34年 3月 トルコ エデム・メンデレス国防大臣・副首相

S35年 4月 ビルマ ウ・ヌー前首相

S36年12月 アルゼンチン フロンデシ大統領夫妻

S38年 6月 タイ プミポン国王夫妻

S40年 3月 西ドイツ ハーバード・デビットマン大使、練習艦隊仕官候補生

S40年 9月 ベトナム クエンドウイ・クワン大使

S41年 2月 ペルー ホセカルロス・フェイレイドス大使

S47年 8月 オーストラリア アルフ・サイモン第39大隊隊員一行

S48年 9月 トンガ ツポトア皇太子一行

S55年11月 チベット ダライ・ラマ14世

S57年11月 エジプト モハメッド・サミー・オーエイダ前世界イスラム審議会事務総長

S60年6月 エジプト モハメッド・サミー・サーベット公子

S63年8月 パキスタン ブリカディー・ムハマド.ネイブ・テナ大使館武官

H元年6月 アメリカ スティーブン・H・ハウエル横須賀基地司令官海軍大佐

H2年 1月 ソ連(ロシア) エリツィン人民代議員(社頭参拝)

H4年 3月 スリランカ C・マエンドラン大使

H4年 7月 フィンランド カリ・ベリホルム大使

H6年 6月 イギリス M・スミス大使館武官

H7年 6月 アメリカ ジェイムス・B・ケイン大東亜戦争参戦元パイロット

H8年 8月 イラン M・シャッケリ1等書記官

H8年 8月 スベロニア ダニ-ロ・チュルク国連大使

H8年11月 旧朝鮮 李玖旧朝鮮王朝王子(朝鮮王朝李垠皇太子と李方子皇太子妃との第2王子)

H9年 4月 トルコ、ルーマニア、インド、マレーシア、イスラエル、ロシア、タイほかの駐在武官

H10年4月 トルコ、ルーマニア、インド、イスラエル、ロシア、ブラジル、ポーランド、スイスほかの駐在武官

H11年4月 トルコ、ルーマニア、インド、タイ、イラン、、ロシア、ブラジル、マレーシアほかの駐在武官

H14年4月 ペルー アルベルト・フジモリ前ペルー大統領

H15年2月 南アフリカ アッパ・オマール前広報庁次官

H15年4月 スイス ハンズ・R・マイヤ大使館武官

 
参照:SAPIO 平成17年3月9日号

日本に戦争犯罪者は一人もいない

大東亜戦争終結後の「極東国際軍事裁判」(東京裁判)とは、戦勝国が敗戦国を一方的に裁くとの理不尽で、裁判との名を借りただけの、連合国(国連)による日本への復讐の儀式でした。

A級戦犯「平和に対する罪」
B級戦犯「通例の戦争犯罪
C級戦犯「人道に対する罪」

当時の国際法ではB級戦犯のみが国際法で有効でした。A級戦犯とC級戦犯は、事後法で国際法的な根拠がなかったのものです。

1952年(昭和27年)4月28日のサンフランシスコ平和条約発効で、日本が主権を回復しました。

1952年5月1日、木村篤太郎法務総裁から戦犯の国内法上の解釈についての変更が通達されて、戦犯拘禁中の死者はすべて「公務死」として、戦犯逮捕者は「抑留又は逮捕された者」として取り扱われる事になりました。

1952年4月に施行された「戦傷病者戦没者遺族等援護法」も一部改正されて、戦犯としての拘留逮捕者については「被拘禁者」として扱い、当該拘禁中に死亡した場合は、その遺族に扶助料を支給する事になりました。戦犯とされた方々のために、衆参合わせて4回の国会決議もされて、名誉回復がされました。

1952年6月9日に、「戦犯在所者の釈放等に関する決議」が、12月9日に「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」が全会一致で可決されました。

1953年8月3日に「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が、1955年7月19日に「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」が可決されました。

日本はサンフランシスコ講和条約11条により、東京裁判を受け入れたので戦犯が有効という主張は誤りで、日本が受け入れたのは、「刑の執行継承」であり「裁判の判決事由」ではありません

つまり、連合国が戦犯として裁いた人たちは罪人ではないのですから、A級戦犯を含めた「戦犯」という方々とは、すでに国内的にも国際的にも存在しません。

 

 


日本は「言霊」と「革命」に支配されている。それを超える情けある言論を。 言霊に縛られた考え方と革命的な思想を使わず、情けのある言葉を発して行きます。 言霊:言った言葉は現実となる。その現実が良くない場合、言った人が責任を問われるので、良い事ばかり言う方が良い。 運動会前に「明日は雨になりそうで傘は必要」と言う人が居て、雨が降ると「お前が言うから降った」と抗議され、「傘の心配までして雨を呼び寄せた」という信仰。 革命的な思想:現在の社会は間違ったものであり、正しい考え方の人間で社会運営してゆくべきという思想。 社会も永遠に近い時を経ている訳で全とっかえしたら大変な事です。 中国等に現出したこの世の地獄のような国家は酷いものです。 最近の風潮は堅苦しい正義を振りかざすような言論がまかり通っています。 物事の複合的な面を認められずに、悪い処を見つけたら人格否定、社会的抹殺をするやり方は革命的な思考、嗜好、志向だと思います。