平成6年の暮れ近く、石原慎太郎氏は日本における外国人記者クラブに珍しい客を迎える案内が来たので出席した。ゲストスピーカーは大東亜戦争のエース・パイロット・坂井三郎氏だった。冒頭、坂井氏はこう語った。
「私はご覧の通りあの戦争で片眼を失いましたが、後悔などまったくしていません。
ただあの戦争で実に多くの優れた仲間と部下を失ったことは痛恨であります。
彼らがもし今日生きてあるならば、数多の才能を発揮して素晴らしい貢献を国家のために為したでしょう。
私はそれを信じて疑いません。彼らには年に必ず2度靖国神社で会って、その度報告をしています。貴様たちの死はけっして無駄ではなかったぞ。
あの戦争のお蔭で、世界は明らかに発展して良くなったのだからなと」
その途端、聞いていた白人の記者たちの間に得も言われぬ空気が醸し出されるのがわかった。
歴戦の撃墜王はそれを察してニコリと笑い、
「だって皆さん、そうじゃないですか。あの戦争が終わってから国連に新しく誕生した国が数多く参加しましたな。今までに確か70数カ国ありますな。
しかしその中に、白人の国を探せば、正確には違うのかも知れないが、強いていえばイスラエルただ一国だけです。あとは皆かつて植民地支配を受けた黄色、褐色、黒色の民族が独立を果たし、一人前の国として認められることになった。
これすなわち人類の進歩に他ならない。そしてその事態を招くためにあの戦争は大いに意味があったということは、誰も否定出来ますまいに」
と。会場は寂として声がなかった。石原慎太郎氏は痛快のあまり一人拍手したら、目の前にいた白人の若造のどこかの記者が振り返り険しい目で睨みつけてきたので、坂井氏に真似てニッコリ笑ってやったという。
そうしたらその男がしばらくして途中で席を立ち上がり、石原氏の前にいた日本人の客の手になにやら紙切れを渡してそれを私に手渡すように促し、そそくさと部屋から出ていった。
受け取った客は怪訝そうにテーブル越しにそれを手渡してくれた。二つ折りされた紙にはこう書かれていた。
“Ishihara, you are ultra rightist, lunatic! ”(石原、お前は極右の狂人だ!)
彼らにとって正鵠を射られた腹いせだった…
私たちの先人の戦いが世界の有色人種国家の独立を促した、という話は何も、日本人の〝極右〟だけが言っている話ではありません。インドの第二代大統領ラダクリシュナン氏は次のように言います。
「インドが今日独立できたのは、日本のおかげである。それは一人インドのみではない。ベトナムであれ、ビルマであれ、インドネシアであれ、西欧の旧植民地であったアジア諸国は、日本人が払った大きな犠牲の上に独立できたのである。
われわれアジアの民は1941年12月8日をアジア解放の記念日として記憶すべきであり、日本に対する感謝の心を忘れてはならない」
ビルマの元国家元首バー・モウ博士は「歴史的にこれを見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない」と述べています。
しかし、今日、このような事実をどれだけの子供たちが知っているでしょうか?
戦後の日本人は、75年もの間、真実を封印した歴史教育を受けてきました。「戦争犯罪情報計画(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」の影響で日本人のモラルは急速に崩壊しています… そのあいだ誤った歴史認識を持った国民が増え、反対に正しい歴史認識を持った戦争を経験した世代がほとんどいなくなっているという転換点に差し掛かっています。
もう残された時間はほとんどありません。
これはまさしく亡国の前兆と言えるのではないでしょうか?
かつてドイツの近代歴史学の祖ランケはこう言いました。
「国民が誇りを失えば、その国は滅びる」
かつて日本が大東亜戦争中に蒔いたアジア解放と大東亜共栄圏の種が実って、戦後、アジア・アフリカ・南米諸国が独立し、発展できたこと、そして、日本がそれらに大きく貢献した国であることに対して、もっと大きな自信と誇りを持っても良いのではないでしょうか?
https://in.kamijimayoshiro.jp/kjp200815_live