「戦争の話をする事が戦争を呼ぶ」という誤った言霊信仰を日本人の多くが持っていると思います。それが日本文化のリスク管理の弱さに繋がっています。「縁起でもない事を言うな」「お前があんな事、言ったから」という文句に現れてます。
誤った「言霊信仰」文化を超えて行かなければなりませんね。
私は「言霊信仰」なんか無い!という方。遠足の前日に田中くんが「明日、雨降れば良い」と言って翌日に雨が降ると「田中があんな事を言うからだ!」と文句言ってる人が居ませんでしたか?雨は自然現象で何を言おうと降るときは降ると知っていても田中くんを責めてしまう人が居ましたね。
「言霊信仰」なんか無い!と言う方。銀行に拳銃で人質を取った立てこもり犯人が居て、3日が経つ。人質の体力も限界。警察は犯人の暴発を恐れる。もう突入して犯人逮捕が合理的だと誰もが思う。
記者が聞く「突入のリスクは?」
警察が「誰も怪我なくやり遂げます」と言えば収まるが
「死傷者が出る可能性はあるが、これ以上、長引かせて犯人が暴発して、全員に銃を向けるより良いと判断せざるを得ない」と答えると炎上する。可能性に言及したから。
仮に突入時に犯人によって人質が一人でも怪我しようものなら警察の責任にされかねない。怪我をさせたのは犯人でも。悪いのは犯人。
ゼロリスクがあり得ない時に「リスクを語る」と批判される文化が誤った「言霊信仰」だ。
実際には「怪我が無いようにやりきる」と答えても「怪我が無いようにやるが、死傷者の可能性がある」と答えても、実際の突入作戦成否には無関係でも、答え方に拘るのが誤った「言霊信仰」だ。
「言葉を発するとその通りになる」が気持ち良い場面はなんだろうか?例えばお祝いの場だ。「末永くお幸せに」というお祈りだ。合理的に考えると祈っても呪っても結果に影響は無い筈だ。
現実には世の中リスクだらけで悪い予想もしなければならない。それをしたくないと「戦争の話をするな」となる
「悪い話をしたくない」国民の中で政治というリスク管理、利害調整役は悪者になる。
さて、日本の中で「悪い話をけしてしない」存在はどなたか?
「お祈り」「お祝い」「励まし」の専門家であられる皇室、天皇陛下である。
陛下だけは絶対に「悪い話をけしてしない」ので日本人の心の大きな支えだ。
そして全てのリスク管理、悪い予報、を政治や行政が引き受ける。従って、政治家は日本人のリスクを考えない誤った「言霊信仰」にもよって常に批判にさらされる。
「北方領土は戦争しないで取り戻せると思いますか?」は単なる質問だ。答えは「思う」でも「思わない」でも良い筈だ。質問に罪は無い。
しかしマスコミと野党を中心に「戦争と言った」というモヤモヤを他の理由にしてでも、かなり批判した。
本当は「そう言う意見もある」とは分かっている。
まあ #野党とマスコミは敵国の手先 なので防衛が議論されない事が目的だから、かも知れない。
「北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込むかも知れない
そうしたらどうする?
そうさせないようにするにはどうする?」
と
「北朝鮮は平和国家だ。
日本にミサイルを撃ち込む筈は無い。
従って、
ミサイル対策は何もしない。
友好をお祈りして
経済援助をする」
とでは、両方の可能性を考える必要がある、これが現実。
「ミサイル対策はしない」では実際にミサイルを撃ち込まれた時の被害は甚大だ。
そうならないように日米は圧力をかけている。
日本はミサイル迎撃システムを準備したし、Jアラートをも準備した。
政府を褒める声は無い。
政治家も人間だよ。
良い事は褒めろよ。
「アメリカが日本を見捨てたらどうする?」
「チャイナが尖閣諸島を侵略したらどうする?」
「中共が台湾を侵略したらどうする?」
予めの準備が必要だ。
誰が考えているのか?
政府や防衛省だろう。
誤った「言霊信仰」で悪者にされる政府と防衛省だ。
自分の仕事をしているだけなのに?
「憲法9条」教の信者も「言霊信仰」の持ち主だ。
「戦争を放棄」したから戦争にならない、という信念は事実に反する。
憲法9条は何の役にも立たなかった。
事実、日本が戦争を放棄しても、戦争は向こうからやって来た。
われわれ日本国民は #言霊と革命を超えて 行かなければならない
何でも新しいものが良いとは限らない。
「革命」的なものが良いとは限らない。
しかし新しい工夫や挑戦は常に必要だ。
無闇に新しいから=良い、では無い。
しかし良いものを創り出す心が大切。
われわれ日本国民は #言霊と革命を超えて 行かなければならない
「言った事が必ず現実化する」という「迷信としての #言霊信仰 」は捨てなければならない。
「言ったことを必ず現実化させる」という行動で示すのは良い。
事実→悪い事を言ったら悪い事が起きるとは限らない。
われわれ日本国民は #言霊と革命を超えて 行かなければならない
現代日本の悪い癖が二つある。
①「悪い事を言うと悪い事が必ず起こる」という間違った #言霊信仰
②新しい事は何でも良い事という間違った #革命信仰
両方とも単なる信仰に過ぎず、事実では無い
この現代日本の悪い癖の弱点を突いて、日本の弱体化を謀る反日勢力がある
#野党とマスコミは敵国の手先 であり敵国はあなたの想像にお任せしよう
間違った #革命信仰
構造改革しよう!
事業仕分けしよう!
文化大革命だ!
間違った #言霊信仰
「戦争」と言うな!
防衛を議論するな!
改憲するな!
もう少し誤った #言霊信仰 の話をすると日本人は現実はともかく「悪い予想などをする人は嫌い」「良い事を言う人は好き」という弱点を持つ。
良い方に現れるのは大のお祭り好きだ。お祝い事大好き。
安倍政権は、オリンピック誘致、改元、天皇陛下御即位、新札改定など大きなお祝い事を作って来た
これらの発表などがあると支持率は上がる。勿論、株価も雇用も良いので支持率は良いのだが、改元で支持率が上がる、のは日本人以外には分かりにくい心情だろう。
お祝い事が好きなんだよ。
お祝い事の間は「悪い言葉」を忘れるんだよね。
本当は現実はあまり変わってなくても。
ただ経済効果はある。
われわれ日本国民は #言霊と革命を超えて 行かなければならない
間違った #言霊信仰 を捨てて
戦争の可能性を話さなければならない。改憲の話をしなければならない。
間違った #革命信仰 を捨てて
良いものを残し発展させて、新しくて良いものを創り出す必要がある。昔のものを全部捨ててはダメだ。
われわれ日本国民は #言霊と革命を超えて 行かなければならない
何のために戦争や防衛の話をするのか?戦争を防ぐ為だ。
言葉を避けるのでは現実は防げない。現実に戦争を防ぐ為には戦争を防衛を真っ正面から議論して話さなければならない。
逃げてもダメだ。
憲法9条を唱えてもダメだ。
われわれ日本国民は #言霊と革命を超えて 行かなければならない
日本国民が真剣に戦争を防ぐ為に防衛を議論できるようになれば、初めて戦争が起きる可能性を低くすることが出来るだろう。
「非核平和都市宣言」なんて言葉を飾っても無駄だ。
「平安京」と付けても無駄だった。
「中国は国際司法裁判所の強制管轄受諾宣言国ではない。
つまり中共は国際司法裁判所の裁定自体を認めないという立場なのである。
因みに日本は宣言国だが韓国はそうではない。
竹島が国際裁定に付せられると困るからだろう。
ロシアもソ連時代から宣言国ではない。 …
わが国との間に領土紛争のある国々は、何れも国際裁判による解決を否認する武力至上主義の国ばかりである。 《中村粲 正論2007/7月号》」
つまり、話し合いも裁判も拒否して武力解決が韓国、中共、ロシアの基本方針だ。
「戦争でしか取り返せないとは思いませんか?」とは至極当然の疑問なのだ
われわれ日本国民は #言霊と革命を超えて 行かなければならない