#言霊と革命を超えて

日本は「言霊」と「革命」に支配されている。それを超える情けある言論を。 言霊に縛られた考え方と革命的な思想を使わず、情けのある言葉を発して行きます。 言霊:言った言葉は現実となる。  革命的な思想:現在の社会は間違ったものであり正しい考え方の人間で社会運営してゆくべきという思想。社会も永遠に近い時を経ている訳で全とっかえしたら大変な事です。 中国等に現出したこの世の地獄のような国家は酷いものです。

集団的自衛権と国連

集団的自衛権は、1945年に署名・発効した国連憲章の第51条において初めて明文化された権利である。
1946年に日本国憲法は制定され、1952年に日本は国連に加盟しその憲章を守る義務がある。その国連集団的自衛権を認めている。
 
今の憲法を保ちつつ集団的自衛権を保証する国連に加盟したのだから当然、日本も集団的自衛権を保有すると解釈すべきだろう。
 
憲章第51条を以下に引用する。
「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。(後略)」
 
また日本国憲法前文にはこう書かれている。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」
 
繰り返す。国連に加盟している日本は自国のことのみに専念してはならず、国際平和に貢献しなければならないのである。
 

日本は「言霊」と「革命」に支配されている。それを超える情けある言論を。 言霊に縛られた考え方と革命的な思想を使わず、情けのある言葉を発して行きます。 言霊:言った言葉は現実となる。その現実が良くない場合、言った人が責任を問われるので、良い事ばかり言う方が良い。 運動会前に「明日は雨になりそうで傘は必要」と言う人が居て、雨が降ると「お前が言うから降った」と抗議され、「傘の心配までして雨を呼び寄せた」という信仰。 革命的な思想:現在の社会は間違ったものであり、正しい考え方の人間で社会運営してゆくべきという思想。 社会も永遠に近い時を経ている訳で全とっかえしたら大変な事です。 中国等に現出したこの世の地獄のような国家は酷いものです。 最近の風潮は堅苦しい正義を振りかざすような言論がまかり通っています。 物事の複合的な面を認められずに、悪い処を見つけたら人格否定、社会的抹殺をするやり方は革命的な思考、嗜好、志向だと思います。