#言霊と革命を超えて

日本は「言霊」と「革命」に支配されている。それを超える情けある言論を。 言霊に縛られた考え方と革命的な思想を使わず、情けのある言葉を発して行きます。 言霊:言った言葉は現実となる。  革命的な思想:現在の社会は間違ったものであり正しい考え方の人間で社会運営してゆくべきという思想。社会も永遠に近い時を経ている訳で全とっかえしたら大変な事です。 中国等に現出したこの世の地獄のような国家は酷いものです。

そもそも【東京裁判】は国際法上、有効なマトモな裁判ではない。戦勝国による復讐の儀式に近い。→

そもそも【東京裁判】は国際法上、有効なマトモな裁判ではない。戦勝国による復讐の儀式に近い。→それでも、日本は【判決】を受け入れた。

そもそも【南京虐殺】はこの【裁判】で出て来た証拠の無い根拠の薄い事件。→それでも、日本は【判決】を受け入れた。

そもそも中華人民共和国も韓国も大東亜戦争後、(太平洋戦争後、第二次世界大戦後)に建国された国。戦中まで韓国、北朝鮮、台湾は日本の一部だったし、日本はシナで後に台湾に逃げた中華民国と戦ってた。

そもそも【A級戦犯】は罪の重さを表さない。【A項戦犯】でも良い単語で、戦後に事後的につくられた【平和に対する罪】だと言う。
事後法は民主主義体制ではけしてやってはいけない事だ。
明日、タバコが禁止になる法律が施行されても、今日、タバコを吸ってる人は罰しないのが人道上、正しい。
【B項戦犯】は【一般の戦争犯罪】だが、戦勝国にも原爆投下、大都市空襲による民間人虐殺の戦争犯罪あり、ソ連は不可侵条約違反して日本に侵略した。
【C項戦犯】はこれも事後法であり、【人道に対する罪】だが、捕虜を航空機から投げ捨てた連合軍にもいるだろう。あ、それは、一般の戦争犯罪、だな。

さて、戦後に社会党(!)などの提案で、全ての【戦犯】は赦免、釈放され名誉回復された。
また、これにはサンフランシスコ講和条約の定めに従い、条約締結国の同意を得ている。

従い、日本にはそもそも国際法上の【戦犯】は居ない。
ニセ裁判である【東京裁判】上の【戦犯】も居ない。
サンフランシスコ講和条約上も【戦犯】は居ない。
そして、【A項戦犯】だけ特別に扱う理由もない。

さて、三木政権下で朝日新聞などが騒いだので天皇陛下の親拝は1976年を最後に途絶えている。
天皇陛下の心情を勝手に忖度して、陛下の御意志だなどと言う事は、戦前から禁止されている。

その二年後に【A項戦犯】か靖国神社に合祀になるが、天皇陛下の親拝の最後から二年後の事であり、陛下の親拝が途絶えた原因ではあり得ない。
実際に世の中に【A項戦犯】の合祀が明らかになったのは1979年だ。

つまり、陛下の心情を勝手に忖度するのは禁止されているが、直接の関連がないのは時系列が示している。

また、占領時の取り決めを被占領国に、いつまでも変えさせないのは、国際法違反であり、まして、全ての【戦犯】の釈放、釈放、名誉回復はサンフランシスコ講和条約締結国の同意を得ている。

 結論。ニセ裁判であったとしても日本は【東京裁判】の【判決】は受け入れたが、その後の名誉回復で日本に【戦犯】は居ない。2005年に既に政府は【公式参拝でも違憲では無い】と回答している。
 

東京裁判】で唯一の国際法専門家だっなインドのパール判事はこう述べている。


【激動し変転する歴史の流れの中に

道一筋につらなる幾多の人達が

万斛の思いを抱いて 死んでいった

しかし
大地深く打ち込まれた

悲願は消えない

抑圧されたアジアの
解放のため 
その厳粛なる
誓いに
いのち捧げた
魂の上に幸あれ

ああ 真理よ

あなたは我が心の
中に在る 
その啓示
に従って 我は進む

一九五二年一一月五日

ラダ・ビノード・パール】

日本は「言霊」と「革命」に支配されている。それを超える情けある言論を。 言霊に縛られた考え方と革命的な思想を使わず、情けのある言葉を発して行きます。 言霊:言った言葉は現実となる。その現実が良くない場合、言った人が責任を問われるので、良い事ばかり言う方が良い。 運動会前に「明日は雨になりそうで傘は必要」と言う人が居て、雨が降ると「お前が言うから降った」と抗議され、「傘の心配までして雨を呼び寄せた」という信仰。 革命的な思想:現在の社会は間違ったものであり、正しい考え方の人間で社会運営してゆくべきという思想。 社会も永遠に近い時を経ている訳で全とっかえしたら大変な事です。 中国等に現出したこの世の地獄のような国家は酷いものです。 最近の風潮は堅苦しい正義を振りかざすような言論がまかり通っています。 物事の複合的な面を認められずに、悪い処を見つけたら人格否定、社会的抹殺をするやり方は革命的な思考、嗜好、志向だと思います。