#言霊と革命を超えて

日本は「言霊」と「革命」に支配されている。それを超える情けある言論を。 言霊に縛られた考え方と革命的な思想を使わず、情けのある言葉を発して行きます。 言霊:言った言葉は現実となる。  革命的な思想:現在の社会は間違ったものであり正しい考え方の人間で社会運営してゆくべきという思想。社会も永遠に近い時を経ている訳で全とっかえしたら大変な事です。 中国等に現出したこの世の地獄のような国家は酷いものです。

日本にもはや【戦犯は存在しない】これは国会とサンフランシスコ講和条約に基づく。【靖国問題】を捏造したのは朝日新聞と左翼。

1952年 国会で戦犯在所者の釈放等に関する決議が採択される。 これによって全ての戦争犯罪人とされた人たちは「公務死」と扱われることとなった。これは日本政府及びサンフランシスコ講和条約に則った手続き。

1956年サンフランシスコ講和条約第十一条の手続きに基づき関係十一カ国の同意のもと「A級戦犯」は赦免され釈放された 。

1958年迄に同様に「BC級戦犯」が赦免され釈放された 。尚、A級などは罪の重さでは無く、A項、B項、C項などと言い変えられる形式的区別。但し、B級、C級には朝鮮人、台湾人(戦時は日本国籍)が含まれるので、外国勢力や左翼は敢えてA級を問題にしている。 
また、A項【平和に対する罪】、C項【人道に対する罪】は、第二次世界大戦時には無かった概念であり所謂【事後法】として国際法学者からの強い批判を浴びている。
また【平和に対する罪】【人道に対する罪】は戦勝国にもあり、東京大空襲などの都市空襲、原爆投下などによる一般市民虐殺が罪に問われない事は【東京裁判】が裁判の名を借りた戦勝国の敗戦国へのリンチとの評価を強化している。 

1976年 三木首相の「私人として靖国参拝発言」と朝日新聞などによる批判が騒動になる。これで天皇陛下の親拝が途絶えるが、下記の所謂「A級戦犯」合祀とは無関係である。

1978年 上記の通り既に国内的にも国際的にも罪を赦された所謂「A級戦犯」が靖国神社に合祀される。首相参拝に他国からの批判なし。

1980年8月7日 朝日新聞加藤千洋記者が中曽根首相の靖国神社参拝を批判。支那中共に出掛けた社会党田辺誠などの訪問団が「問題ではないか」と焚きつける。支那中共の非難が始まる。田辺誠はこれも嘘で捏造された【南京虐殺資料館】の設立に尽力した。

ここから朝日新聞を中心とした左翼新聞などのメディアが長年に亘り、日本国内外で【ジャパン ディスカウント】の武器としてロビイングのネタに使い続けている。


尚、所謂【A項戦犯】として処刑された東条英機松岡洋右板垣征四郎ナチスドイツの反ユダヤ政策に毅然と反対した。

日本は「言霊」と「革命」に支配されている。それを超える情けある言論を。 言霊に縛られた考え方と革命的な思想を使わず、情けのある言葉を発して行きます。 言霊:言った言葉は現実となる。その現実が良くない場合、言った人が責任を問われるので、良い事ばかり言う方が良い。 運動会前に「明日は雨になりそうで傘は必要」と言う人が居て、雨が降ると「お前が言うから降った」と抗議され、「傘の心配までして雨を呼び寄せた」という信仰。 革命的な思想:現在の社会は間違ったものであり、正しい考え方の人間で社会運営してゆくべきという思想。 社会も永遠に近い時を経ている訳で全とっかえしたら大変な事です。 中国等に現出したこの世の地獄のような国家は酷いものです。 最近の風潮は堅苦しい正義を振りかざすような言論がまかり通っています。 物事の複合的な面を認められずに、悪い処を見つけたら人格否定、社会的抹殺をするやり方は革命的な思考、嗜好、志向だと思います。